先日、仲のよい友人と月一のランチで思いのたけを披露しあっていた時のこと。(単に、ストレス解消のおしゃべりですが、お互い忙しいなかの「月一」なので、時間は無駄にしないとばかりにしゃべり、、ちなみに、まわりのテーブルも私たちのような女性客だらけで、気のせいか同じような盛り上がりを見せています。笑)

 

さて、その友人も私も、ここ数年間で両親を見送っているのですが

忙しい日常生活の中で、今まで思い出しもしなかった親との思い出を

次々に思い出しては、何度も噛みしめている自分にふと気が付く。

「本当は、自分のこの先の人生を考えなくてはならないのに」

(記憶の地層から思い出という宝を次々に)発掘するようなことをしているよね」 

「そうそう、私も!」という話になりました。

いつぞやの国会議員が「生産的でない」といったことに、これも当てはまるのかも

しれませんが、経済的なこととは別で、亡くなった大事な家族への思いを

伴奏しながら生きることで、目に見える世の中を今までよりも少?し距離を持って

しかし全く違った角度で、見ることができるようになった事にも気づきました。

親など大事な家族が亡くなった経験を持つ人は、

形は違えど皆こうした意識の変化を経験して、世界を重層的に感じているの

かもしれないと思うと、日ごろ限られた会話しかせずに成り立っている私達の

後ろにはなんて豊かなものが控えているのかと、、、ただ、その意識は表に出て

共有されるチャンスはあるのだろうかと、一瞬空想しました。 

とりとめなくなりますが、認知症の予防や進行を止めるには、自分の思い出を

語ることが良いとされています。

自分の意識と言葉で話せるうちに、

「普段は、話さないようなこと」も、思い切って表に出せるチャンスを

(ちょっと非日常であれ、それが脳への良い刺激になるし)

(自分に対しても)作ってあげたいものだと、想いつつ。。

年とともに話せる機会は減ってるし、それもまた良いかなとする自分もおり、、、

諦めもあったり、恥ずかしいかもしれませんので、

(個人的にですが)「話さなかったことを話す」キャンペーンなどと言って

お話を伺いに回りたいと思っています。(「いつ?」「(今じゃなくて)いつかです。」)

 

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